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2011年3月号「イエスさまが喜ばれること」

「十字架上のキリスト」スルバラン(1598-1664)
『あなたがたによく言っておく。わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである』。(マタイによる福音書25:40)
東北・関東で大きな地震がありました。たくさんの人が命を失い、家を無くしました。悲しみや苦しみの中にある人々が大勢おられます。これらの人々を神さまが助け、お守りくださるようにとお祈りしましょう。
わたしたちの近くにも、苦しんでいる人や悲しんでいる人がたくさんいます。学校で、ひとりぼっちでさびしい思いをしているお友だちはいませんか? 何かがあって悲しんでいる人はいませんか? 困っている人はいませんか? そのような人たちを見たとき、わたしたちはどうするでしょうか。
きょうの聖書の御言(みことば)は、このような悲しむ人、苦しんでいる人、貧しい人にわたしたちがしたことは、イエスさまにしたことだと教えてくれます。イエスさまは、わたしたちを救うために十字架に掛かってくださいました。わたしたちの身代わりとなって貧しくなり、苦しみ、悲しんでくださったのです。だから、イエスさまは、悲しむ人、苦しんでいる人、貧しい人の気持ちをよくわかっていてくださるのです。わたしたちが悲しむ人、苦しんでいる人、貧しい人を少しでも助けてあげるなら、それはイエスさまにしたことになるのです。わたしたちがそのような人たちにしてあげたことを、イエスさまは喜んでくださるのです。
わたしたちを救うためにイエスさまは十字架に掛かってくださいました。わたしたちは、そのことを御言を通して知っています。イエスさまのこの大きな大きな愛を知っているから、わたしたちも近くにいる人たちを愛することができるのです。
(お話 油谷 和重)






